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不幸があるからこそ、神のありがたみを感じられる......

――実力だけでは生き残れないハリウッドという世界に生きるセレブ。彼らを支えているパワーの源、幸運をもたらす見えざる手を分析します。

■今回のターゲット
ジェシカ・シンプソン (第一聖書バプテスト教会) 

 米国テキサス州の中央に位置する田舎町、アビリーンで生まれ育ったジェシカ・シンプソン。幼少時代から歌うことが大好きで、11歳で歌手になると決意。幾度かの挫折を味わいながらも大手レーベルから華々しくデビューを飾り、一気にスターダムを駆け上がりった。極秘交際を続けてきたニック・ラシェイと結婚してからは歌手以外の分野でも活躍するようになり、離婚後はたくましいシングル・レディの代表格のような存在に。元NFL選手、エリック・ジョンソンと婚約・妊娠した現在も、最も身近に感じられるセレブスターとして人気を集めている。

 ブリトニー・スピアーズとクリスティーナ・アギレラと同時期にアルバムをリリースしたため、よく比較されるが、ジェシカは2人とはまったく異なるバックグラウンドを持っている。彼女が生まれ育った家庭は、神への信仰と崇敬が深い敬虔なクリスチャンだったのだ。

 パパ・ジョーという愛称で知られているジェシカの父親は、19歳で第一聖書バプテスト教会(ファースト・バプティスト教会)の青年牧師を務めるようになった。ジェシカの母親とは教会で出会い、一目ぼれし結婚。一家の核は神だという宗教色強い家庭を築きあげていった。1980年に誕生した長女ジェシカは、価値観、モラル、すべてを教会と聖書から学び、品行方正な少女へと成長。幼い頃からゴスペルが大好きで、居間でダンスをしながら歌うような子どもだったそう。

 1990年、パパ・ジョーはテキサス州ラレドのハイツ地区にあるバプテスト教会で牧師を務めることになった。ジェシカはこの教会で賛美歌やゴスペルを歌うようになり、その美声は信者たちの間でたちまち評判に。多くの人たちのすすめがあり、地元の歌唱コンテストに出場するようになったジェシカは次々と優勝し自信をつけていく。そして、神秘的な体験をし、歌手になると決意したのだった。

 11歳の時、ジェシカは教会のキャンプに参加した。大自然の中で牧師に促されるまま皆と一緒に目を閉じて神へ祈りを捧げていたその時、大きな風が吹き彼女の長いブロンドヘアーがなびき始めたのだ。不思議な感覚に驚き目を開けたジェシカは、周りの人たちの髪はまったくなびいていないのを見て、さらにびっくり。キャンプから帰った彼女は、大興奮しながら母親に「ママ! 神さまが素晴らしい体験をさせてくださったの!」「神様からお告げ受けたの! 『君の歌声が世界を変えるのだよ』って言ったのよ!」と伝え、父親に「私、宣教師になる。神さまは私に人々のために歌いなさいって、そう望まれているの」と宣言したのだ。

 ジェシカの決意を聞いた両親は、全米でオーディションを行っていたディズニーチャンネルの『ミッキー・マウス・クラブ』という歌とダンスのバラエティ番組に応募させることにした。テキサスのオーディションをあっさりとパスした彼女は、オーランドで行われる本戦に参加する権利を得る。3日間の厳しいレッスンを終えて最終オーディションが行われたのだが、この1992-93年シーズンは、ブリトニー・スピアーズ、クリスティーナ・アギレラ、ジャスティン・ティンバーレイクが参加した当たり年であり、ジェシカはクリスティーナの直後にオーディション・パフォーマンスを行うことに。すでに歌手として場数を踏んでいたクリスティーナは文句のつけようがない素晴らしいパフォーマンスを行い、圧倒されたジェシカは真っ青になってしまった。カメラの前でライトを浴びながら歌うという経験もなかった彼女は、ほとんど歌えず結果は落選。初めての挫折にすっかりめげてしまった彼女だが、神に祈りを捧げることで、「自分がこの世に生を受けたことには意味があるはず」と、見事に立ち直った。

 そして、13歳の時。ジェシカの歌声に惚れたパパ・ジョーの牧師仲間で、音楽プロデューサーでもあるディフォーレスト"バスタ"ソアリスが、レコード契約を結びたいと申し込むという幸運なチャンスがめぐってきた。歌うのは、ジェシカの大好きなクリスチャン・ソング。「自分が信じていることを、歌を通して伝えることができる」と彼女は大喜び。そして、高校生へと進学したジェシカは、放課後の時間を、神への愛と信仰心を歌うアルバム制作に注ぐようになった。

 ちなみに、高校生時代のジェシカですが、男子生徒からの人気ナンバーワンで、モテモテだったとのこと。しかし彼女は神への信仰心を最優先させ、男子生徒とふしだらな交際は一切しなかったそう。決してお堅いわけではなく、逆に楽しい女子だったそうだが、多くのティーンが一度は経験するタバコ、アルコールはもちろんのこと、ドラッグに手を出すことも一切せず、神が望む通りの清く美しい身体を守っていたそう。ボーイフレンドとのセックスについては、パパ・ジョーとも話し合っており、ジェシカは「結婚するまで処女でいる」ことを、パパ・ジョーは「ジェシカが結婚するまで、彼女を大きな愛で包む」ことを、お互い誓い合った。パパ・ジョーはその証しとしてプロミス・リングを贈っており、ジェシカは結婚するまでずっと指にはめていた。

 2年という長い月日を費やし制作したクリスチャン・ソング・アルバムのリリースまであと一歩という時、なんとバスタのレコードレーベルが倒産してしまう。その直前、ジェシカはとても仲がよかった1歳年上の従姉妹を交通事故で亡くしており、悲しみのどん底に落ちてしまった。神へ祈りを捧げ、すがる彼女を見て、パパ・ジョーは母(ジェシカの祖母)に頼み、スポンサーになってもらいレコードを完成させた。そして、パパ・ジョーが牧師として説教をし、ジェシカがクリスチャン・ソングを歌うというスタイルで、教会などをドサ周りしながらCDを販売し始めた。CDの評判はよく、手ごたえを感じた両親はクリスチャン・レーベルに売り込みをかけたが、なんと「お嬢さんは胸が大きすぎる」「セクシーずぎる」と軒並み断られてしまった。ジェシカほど純情でピュアで、セクシュアルとは無縁なティーンはいないにも関わらず、外見で判断されてしまったのだ。このことはジェシカを深く傷付け、「鏡に写る自分が大嫌い。なんで神様は私にこんな大きな胸をつけたのかしら」と涙したと伝えられている。

 ジェシカの歌のコーチは、「だったらポップ路線でいけばよいではないか」と提案。ジェシカも、神を讃える歌でなくてもポジティブなことを伝えることはできると気を取り直し、デモテープを売り込むことに。このテープがソニー・ミュージックの目にとまり、トミー・モトーラがぜひ会いたいと彼女を本社に呼んだのだ。トミーから「きみはこの5年の間に何をしたいんだい?」と聞かれたジェシカは「女の子たちのお手本になりたいんです。価値観を変えなくても、成功できるんだって、自分を信じてって伝えたいんです」と回答。トミーはのけぞり、「そんなことを言った歌手志願の子は君がはじめてだ」と驚き、彼女の歌声にも大満足し、契約を結ぶことを即決した。

 1998年、ファーストアルバムをリリースする前に参加したハリウッド・クリスマス・パレードで、ジェシカは人気アイドルグループ98°のニック・ラシェイと出会い、恋に落ちる。お互いの母親公認で交際はスタートしたが、パパ・ジョーは6歳年上のニックに渋い顔をしていたそう。2人の交際は極秘で、ジェシカはその後、98°のツアーのオープニングを務め、ファーストアルバムをリリースし、一気にスターダムを駆け上がっていった。セカンド・アルバムの「Where You Are」ではニックとデュエットし、2人のラブロマンスがゴシップされるように。ティーン誌のインタビューで交際について聞かれたジェシカは堂々と、「私は結婚するまで処女を守ります」「クリスチャンだから」と語り、周囲をドン引きさせたが、ブリトニーやクリスティーナと違うタイプだということで世間から受け入れられるようにもなった。

 ニックとは順調な交際を重ねてきましたが、「Irresistible」のPVのために46キロまで減量したものの(身長は161cm)、もっと痩せろと言われるようになり、自信喪失に。3年間交際してきたニックとも別れてしまう。しかし、911が起こり、お互いの愛を確かめ合った2人は結婚を決意。挙式当日、ジェシカはパパ・ジョーにあのプロミス・リングを返し、ニックの妻になった。新婚旅行先のフィジーで迎えた初夜は、この上なくロマンチックで、2人は感動のあまり泣いてしまったと伝えられている。

 結婚後、ニックから自信を与えてもらったジェシカは、ありのままの自分でいていいのだと確信。2003年にリリースしたサードアルバム「In This Skin」は、そんな彼女の姿を反映した作品になった。同年スタートしたリアリティ番組『ニューリーウェッズ 新婚アイドル:ニックとジェシカ』では、まったく飾らない姿をさらけ出し、幅広い層のファンを獲得。妙な形での大ブレイクとなったが、彼女はありのままの自分を受け入れてもらえたと大喜びしたそう。

 映画『The Dukes Of Hazzard』(2005)ではライバルのブリトニーを抑えて主役に抜擢され、自身のファッションブランドも立ち上げ、残念ながらニックとは離婚してしまったものの、強いシングルウーマンとして活動を続け、女性にポジティブなメッセージを送り続けているジェシカ。彼女の信仰心は揺らぎないもので、出産後は聖書の教えをもとに子育てをするものと見られている。

 世界中の女性たちを勇気付けているジェシカは、まさしく宣教師そのものだと言えるのではないだろうか。






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