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反対派や過激派はどんな時代にもいる

日本がイスラム過激派に“自爆テロ”を教えた! 日本のテロ・過激派の歴史

2013.05.14

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歴史はつながっていく…

 アメリカが爆破テロによって死傷者を出したのは、2001年に起きた「9.11同時多発テロ事件」以来。衝撃を受けた人も多かっただろう。

 テロ事件といえば、今から18年前に日本で起こった「地下鉄サリン事件」が記憶に新しい。あれは、1995年3月20日の朝、オウム真理教の信者らが都内の地下鉄に猛毒のサリンを撒き、13人が死亡、6200人以上が重軽傷を負った。都市部で起こった人類史上初めての「化学兵器テロ」は世界を震撼させた……。

 しかし、実はかつて日本では、テロに激しく揺れ動いた時代があった。日本のテロ事件史を振り返ってみよう。

■バラバラの手足が散乱「三菱重工爆破事件」

  高度経済成長期にあった1974年8月30日。昼休みのサラリーマンやOLでにぎわう東京都千代田区の丸の内のオフィスビル街。午後0時46分。凄まじい爆音が轟いた。

 三菱重工業東京本社ビル(現:丸の内二丁目ビル)、1階出入り口に置かれた時限爆弾が爆発したのだった。時限爆弾はダイナマイト700本分に相当する破壊力。この爆風で近隣のビルの窓ガラスが割れ、飛び散ったガラス片が通行人の上に刃となって襲いかかった。ガラスの破片が身体中に深々と突き刺ささるなどして血まみれになったケガ人。

 通りのあちこちにはバラバラになった手足が散乱していたという。都心のビジネス街は、一瞬にして地獄と化したのだった。死者8人、重軽傷者376人との戦後日本で起きた最悪の無差別爆弾テロ事件となった。

 犯行は、東アジア反日武装戦線「狼」よるもの。同グループは「三菱重工爆破事件」を皮切りに1975年まで大企業に対して次々と爆弾テロを行い日本中をパニックに陥れた。このグループは爆弾教典『腹腹時計』を基に、爆弾を製造し、天皇暗殺も計画していたという。

 グループのメンバーは過激な面とは裏腹に、昼間はサラリーマンやOLなど、ごく普通の市民を装っていた。その後、メンバー8人が逮捕。だが、日本赤軍が起こしたハイジャックなどによって、実行犯2名が現在も逃亡中である。

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