<第3ラウンド~母と弟の話~>

 ユニセフ親善大使を務めるなど、福祉活動に力を入れているのにもかかわらず、貧乏ネタが大好物の徹子。経済的に恵まれない幼少期を過ごしたデヴィに対し、徹子はこう斬り込んだ。

「お母様、内職なんかなさってお家の中、色が真っ赤だったそうで!」

 デヴィが幼い頃、デヴィの母親はカーネーションの造花や赤い羽根を作る内職をしていて、繁忙期には染料で家の中が紅に染まっていたとのこと。それに対してデヴィはこう反撃。

「そうですね。私が絵を描くことが大好きだったものですから、周りの人間が『天才だ』って、『大きくなったら画家になる』だとか言ってくださったもんですから、母が一生懸命、内職をして絵の先生のところに私を通わせてくれたんです」

 貧乏話になると思いきや、まさかの神童アピール。

 そして、インドネシアに嫁いで2年半後、22歳の時に母と弟を同時に亡くしてしまったデヴィ。当時の苦しみを伏し目がちに語りながらも、「2人を亡くしてからジャカルタに着きまして、スカルノ大統領が『これからあなたの幸せだけを願って生きるから』と抱きしめてくださって、それが慰めにはなりましたけれど」と、これ見よがしに"大統領に愛されていたあたくし"アピール。苦労話にチョイチョイ自慢話を混ぜてくる手腕は見事であった。

<第4ラウンド~芸術の話~>

 亡き母と弟について語った後のしんみりとしたムードを打ち破るかのように、突如、話題はデヴィが習っている日本舞踊の話に。朝岡雪路主宰の深水流舞踊の会にデヴィは所属しており、その発表会で歌舞伎座の舞台に立った時のVTRが流された。
そして最後に、オペラの話へと移行。

 22年前にイブラ音楽財団を設立したデヴィ夫人は世界の隠れた才能を見出し発表の機会を与え、人材育成に力を入れているという。また、もうすぐ日本で上演されるオペラ、モーツァルトの『魔笛』の広報PR大使も務めているとのこと。

 徹子も音楽学校を卒業しているため、この話には興味津々。オペラ談義に花が咲いた。

 番組冒頭での孫の話以降、デヴィの苦労話や自慢話を上手くスルーしていた徹子であったが、試合終了直前、退屈していたトットちゃんがようやく窓際から戻ってきてくれた。デヴィvs徹子。多少かみ合わない点もあったが、終わりよければすべてよし。千日戦争の勃発はまぬがれた。

■森平尚
1982年生まれ。コラムニスト。ひきこもり気味の主婦でもある。



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