――歴史上の人物から現代人まで著名人が眠るお墓を訪ね歩くハカマイラーが、線香片手に、今日も誰かのお墓へ参る! 

 尾崎といえば、腕立て伏せをしているプロモーションビデオが記憶に濃いのですが、亡くなった時点で尾崎は日本のジェームス・ディーンになってしまいました。

 『I LOVE YOU』『15の夜』『十七歳の地図』『卒業』など、多くの楽曲が今でも若者に支持されている尾崎豊は、1992年4月25日、足立区の民家で倒れていたところを救急搬送され、その日のうちに他界。その死を惜しむ声は日増しに大きくなり、東京・渋谷にあるCROSS TOWRE(旧称:東邦生命ビル)のテラスには、尾崎豊のモニュメントができ、今でも若者の殴り書きが多く残されています。いまなお多くのファンがいる尾崎のお墓には、何か青春の足跡は残されているのでしょうか?
 
 尾崎豊のお墓は、埼玉県所沢市の狭山湖畔霊園にあります。最寄り駅は西武線西武球場前駅。電車の中もすいていましたが、駅前も人がいません。

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閑散としています
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尾崎の墓は、霊園の入り口の坂を上りきったすぐのところ

 尾崎のお墓は大きめで、見晴らしのいい場所にあります。周辺のものよりも立派なのですぐにわかるでしょう。

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こちらがお墓です
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遠くからでも、大きさは一目瞭然

 墓碑として「生きること。それは日々を告白してゆくことだろう -放熱への証-」と記されています。「放熱への証」とは、尾崎の遺作となったアルバムタイトルです。

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このタイトル名で、尾崎の墓だ! とピンと来ました

 訪問した日は月命日とも関係のない平日でしたが、お墓はきれいに掃除され、お花も供えられていました。また、ファンは線香の代わりにタバコを供えていくそうです。

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飲み物とタバコの吸殻が残されていました
 尾崎世代にはタバコは不良の象徴でしたが、現代では喫煙率が著しく低下し、タバコを吸っている若者を見かけることも少なくなりました。ここにお参りに来ている人は、きっと盗んだバイクで走りだしたり、窓ガラスを割ったり、厳しい校則から逃げ出したりと、鬱屈された青春を送った人たちなのかもしれません。

 うす曇りのこの日は平日の午前中ということもあってか、お墓参りの人はほとんどおらず、尾崎の墓を興味深そうに眺めていたのは2人組のご婦人と、一組のご夫婦だけ。

 霊園を訪れる人には、「尾崎の墓」と知れ渡っている様子。渋谷育ちで青学出身の都会っ子・尾崎がなぜ狭山に? と思ったのですが、尾崎のお父さんが丘の上からの眺めを気に入って、ここに建てたのだそうです。筆者も急な坂道からの眺めを見ながら、尾崎を惜しみました。

 霊園は、西武球場前駅から急勾配の坂を登って徒歩10分ほどの場所にあります。霊園の入り口左側に休憩・管理棟があるので一声かけて場所を確認してからお参りしたほうがいいでしょう。
(編集部)



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