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 21日夜から22日にかけて、のどかな山里にある小さな集落が、一晩にして筆舌に尽くし難い惨劇の舞台となってしまった。
 
 現場は市街地から車で45分ほど離れた山間部にある山口県周南市金峰(みたけ)。たった14人しかいない集落において、5人が遺体となって発見された。65歳以上が10人を占める限界集落で起きた事件、犯人とみられる男(63)はいまだ逃走中である。

 周南署捜査本部がの発表によると、集落に住む貞森誠さん(71)、約60メートル離れた山本ミヤ子さん(79)方から相次ぎ出火し、焼け跡から3人の遺体が発見された。

さらに、同集落の河村聡子さん(73)と、近くの石村文人さん(80)が、それぞれ自宅で遺体で見つかった。そして、その後の司法解剖によって、頭部に鈍器で複数回殴られたような痕があり、骨折していたことが明らかに。半径300メートルの範囲内で起きた今回の事件に対し、県警は殺人事件として捜査を開始。ただ、いまだ状況証拠だけなのだろうか、警察の発表では依然として重要参考人扱いになっており、実名の発表はされていない。 

 忘れ去られたような限界集落で起きた今回の事件。まるで、半世紀以上前に起きた世紀の大事件、津山30人殺しこと「津山事件」の再来のようだ。推理小説の重鎮、横溝正史が小説『八つ墓村』のモデルになったともいわれる「津山事件」と、今回の「山口連続殺人事件」にはいくつかの類似点があることに行き着いた。

■現場の類似:限界集落

 「津山事件」は、1938年(昭和13年)5月21日午前1時ごろ、岡山県苫田(とまだ)郡西加茂村大字行重(ゆきしげ)の貝尾部落とそ、の隣の坂本部落を舞台に、都井睦雄(といむつお・22歳)が、わずか1時間半の間に村人30人を惨殺した事件である。この人数はテロや複数犯による犯行をのぞけば、20世紀に入ってから全世界で5番目に多い数とされている。
(参考画像;http://mp.i-revo.jp/user.php/ewalrqsy/attach/507/tsuyama_NewsPaper.jpg)

 当時の記録によると、貝尾部落は全戸数23戸、人口111人、その隣の坂本部落は全戸数20戸、人口94人という小規模な集落であった。交通網が発達していなかった時代、都会から離れた山奥の集落という環境なだけに、ただでさえ閉塞的な社会の中で隔離されるように受ける差別、そして世の中が戦争へと突き進んで行く絶望的な状況、精神的限界集落ともいえよう。「限界集落」という言葉は、過疎化や山村部での問題にようやく光が当たり始めた1991年に大野晃長野大教授が名付けたのだが、集落の持つ閉塞性に関しては似ている所がある。

■犯行動機の類似:病による劣等感

・「津山事件」
都井は、当時不治の病と言われた「肺結核」に冒されており、それが理由で徴兵にも参加することができなかった。徴兵は英雄視されていたが、行かないとなると相当な差別を受ける時代であった。大正、昭和にかけてで、日本では長い間、死因として最も多かったのが結核であり、「亡国病」とまで言われた。結核に対する知識不足から、相当な差別的な扱いを受けていた都井は、日ごろから住民に並々ならぬ恨みを持っており、犯行に至った。また、結核が原因で交遊関係のあった女性に拒絶されたことも一因とされている。

・「山口連続殺人事件」
 今回の山口連続殺人事件で最も疑わしいとされている犯人(仮にAとしよう)は、金峰地区出身で、10~15年ほど前まで神奈川県川崎市で20年ほど左官職人として働いていたが、現在他界している両親と暮らすために戻って生活していたと村の住人は話している。その頃は近所付き合いもあったというが、両親の死後、段々と人を避けるようになり、集落の中でも孤立していった。自宅は、全焼した山本ミヤ子さん方の隣に位置し、男が山本さんに対し、大声で叫んだり、農作業の音に「うるさい」と暴言を吐いたりとトラブルが尽きず、他の住民も関わらないようにしていたという。そういった私怨が徐々に大きくなり、やがては集落全体に恨みを抱くようになったのでは? と大量殺人の典型例を出しながら語った。

 また、「薬を飲んでいるから10人や20人殺しても罪にならん」などと話したことがあるといい、なんらかの病を患っていた可能性もある。



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