■シスターの暴露で明らかになったマザー・テレサの実態

 ドイツの人気週刊誌「Stern」は、200を超えるチャリティー団体がコルカタで活動をしているが、現地スラム住民たちに取材したところ、「マザーの施設は大したことをしていない」「金はたんまりあるはずなのに、助けてくれない」と証言。マザーの施設全てを合わせても、キリスト教プロテスタントのペンテコステ派世界最大の一派、アッセンブリーズ・オブ・ゴッドが配っている食料の方が、はるかに多いと指摘した。そして、150を超える国と地域にあるマザーの施設で働く4,000人のシスターと30万人を超えるボランティアは、給与など一切受け取っておらず、一体、何に金は使われているのかと疑問を投げかけた。

 この雑誌が発売される少し前にも、1979年末にマザーの「神の愛の宣教者会」に入り、9年半に渡り、ブロンクス、ローマ、サンフランシスコの施設で働いた、スーザン・シールドという元シスターが、米ヒューマニスト誌『Free Inquiry Magazine』に、宣教者会の酷い実態を暴露している。ニューヨーク支部に送られた寄付金を、銀行口座に振り込み、寄付してくれた人たちに礼状を送るという仕事を担当していたという彼女は、「一度に500万円以上の寄付金を送ってくる人が沢山いた。貧しい人たちからも、寄付金が寄せられた」「みな、貧困や病に苦しんでいる人たちに使って欲しいと送ってくれるのに、会は貯金にまわし、現場で使うことはほとんどなかった」と明かした。

 スーザンは、「シスターに与えられた服は3セットだけ。継ぎはぎも出来ないくらい、ボロボロになるまで着た。服は手洗いで、ホームレス用のシーツも手洗いした。沐浴はバケツ1杯の水だけで行い、歯科検診や健康診断は「贅沢」だとして受けさせてもらえなかった」「シスターたちは、商店をまわり、食べ物を寄付して欲しいと頼みこまなければならなかった。飛行機に乗るときは、ただで乗せて欲しいとお願いした。病院で治療を受けるときも、キリスト系の病院を選び、ただで受けさせてもらった」「必要以上に欲しがってはいけない、必要なものだけを譲って欲しいとお願いするようにと言われていたが、銀行口座にたんまりお金があるというのに、なぜ、ここまでしなければならないのか。シスターたちも、ボランティアの人たちも、長時間働かなくてはならず、疲労困憊していた」とも暴露。

 「マザーは、とにかく、貧困の精神を保つことに強いこだわりを持っていた。貧困を保つために、寄付金を使わなかったのだ。ハイチの施設では金を使いたくないからと、注射針を繰り返し使っていたほどだった。まるで貧困を、聖なるもののツールとして使っているようだった」と言い放った。

 マザーは、妊娠中絶だけでなく、避妊にも強く反対していた。しかし、貧困層が避妊せずに数多くの赤ん坊を出産するため、いつまで経っても恵まれない子供たちが減らないのだという意見もある。現地で活動していたマザーも、そのことは良く知っていたはず。それでも、避妊を反対し続けたのは、貧困をなくさないため、「貧困がなくなれば自分を崇める人が減ってしまう」という偽善的な考えからという説を唱える者もいる。

■聖人ではなかったマザー・テレサ 本人も自覚

 今から6年前の2007年8月、米大手誌「タイム」が、マザーが親友の牧師に宛てた手紙の一部を発表した。66年の間に書かれた40通以上の手紙には、神の存在を確認できず苦しい気持ちを抱えていたことが記されており、「ほほえみは仮面である」と明かしたこともあった。また、「神が存在しないのであれば、魂の存在はあり得ない」とし、「もし魂が真実でないのならば、イエス、あなたも真実ではない」とイエスを否定するような言葉まで記載されていた。

 この手紙は、『Mother Teresa: Come Be My Light』というマザーの自叙伝にまとめられ、通して読むと、信仰の深さゆえ苦悩し、このような言葉が出てきたとも捉えることができる。しかし、マザーは生前、手紙のうちのいくつかを破棄して欲しいと頼んでいたと「タイム」は伝えており、世間に公表されるとマズイと認識していたのは、間違いないと見なされている。この件で、彼女はアンチたちから、「やっぱり、計算高い偽善者だ」「神さえも信じてないかったとは」と叩かれるハメになった。 

 マザーが他界したのは1997年9月5日。享年87歳、大往生だった。ペースメーカーをつけるなど心臓が弱く、亡くなる前の月にはマラリアに感染していたが、彼女の心臓が止まってしまったのは、ダイアナの死に大きなショックを受け、その悲しみがあまりにも深かったからだという説がある。

 ダイアナが他界したのは、1997年8月31日。大好きだったダイアナが、衝撃的な事故でこの世を去ったという一報を受けたマザーは、すぐに、「彼女は貧しく恵まれない人々のことを、常に気にかけていた。彼らのために何かできることはないのかと、考えていた。だから、彼女は私にとても近い存在だったのです」という哀悼のコメントを発表。ダイアナの死に打ちのめされた彼女は、それから1週間も経たないうちに眠るように亡くなったのだった。

 ちなみに、ダイアナの最期の言葉は、「あぁ、神よ(Oh my God)」、マザーの最期の言葉は、「イエスよ、愛しております(I love you Jesus)」だったと伝えられている。



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