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画像は、Wikipedeiaより

 イギリス北西部に位置するグレーター・マンチェスターのハイドで、地域に密着した訪問診療を行っていた医師が逮捕された。罪状は、キャスリーン・グランディという老女への殺人罪と、彼女の遺書を偽造した私文書偽造罪の2つ。医師の名前は、ハロルド・シップマン。白ひげをたくわえ、52歳には見えぬほど老けた風貌だが、患者は、そんな彼に安心感を抱き、信頼を寄せていたという。

 イギリス紳士そのものという雰囲気を漂わせていたハロルドだが、捜査が進むにつれて、衝撃の事実が明らかになった。彼の患者の多くが、不審な死を遂げていたのである。そのうちの15人の遺体を墓場から掘り起こし検死した結果、全員から、致死量を上回る大量のモルヒネが検出されたのだった。

 念入りな捜査を続けた刑事は、ハロルドが医療行為を始めた1970年から、逮捕される1998年までの間に、「少なく見積もっても、41~93歳の女性患者171人、男性患者44人の215人を殺害している」と公式発表した。

 最高法院の裁判官も、ハロルドが500人を超える患者を殺めたものとみなした。しかし、遺産目当てだと思われるケースは、キャスリーンだけ。ハロルドは「私には動機がない」と一貫して容疑を否定したため、モルヒネの過剰投与という証拠が検出された15人のみ立件され、すべて有罪に。15つの終身刑判決を受けた。

 医師という立場を利用して、自分を信頼する患者たちを次々と殺していったハロルド。なぜ彼は、恐ろしい、狂気に満ちた犯罪者になってしまったのだろうか。

■ハロルドの幼少時代

 優しい物腰で、その鋭い牙を隠していたハロルドは、1946年1月14日、学生の町として有名なノッティンガムで生まれた。家庭は貧しく、一家は団地住まいだった。7歳年上の姉、4歳年下の弟がいる、中間子だった彼は、兄弟の中で一番要領がよく、また、賢かったため、母親に溺愛され育った。母親は人当たりがよく、品のある女性だったが、自分たちのほうが上だと思っている節があり、「見下されている」と、周囲の人たちは感じたとのこと。彼女は、ハロルドに「お前は特別な子供。ほかの子たちとは違って、優秀な子」だと言い続け、同年代の子供たちとは遊ばせず、手元に置いて可愛がった。

 母親の期待を一身に浴びて、幼い頃から特別扱いされながら育ったハロルドだが、高校になると、中くらいの成績しかとれないようになっていた。しかし、母親から洗脳され育ったため、「自分はほかの人間とは違う」「特別な存在なのだ」と強く信じ込み、同級生を見下し、友達は1人も作らなかったという。

 ハロルドの日常に、大きな変化が起こったのは17歳の時。最愛の母親が末期の肺がんだと診断されたのだ。自宅治療を選んだ母親のために、ハロルドは尽くした。看護介護のほとんどは、思春期の彼が、自ら進んで行った。放課後は急いで帰宅し、母親に紅茶を入れ、話し相手となった。彼が訪問診療医として信頼を得るようになった、患者への絶妙な接し方は、母親の介護生活から得たものだとみられている。

 亡くなる少し前から、母親は激しい痛みに苦しむようになった。その母親を救ったのは医師だった。ハロルドは、医師がモルヒネ注射を打つたびに、苦しみから解放される母親の姿を、間近で見ていた。人の痛みを、自由自在にコントロールできる、医者という仕事に大きな魅力を感じたのは、この頃だといわれている。



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