人類の行く末 未完の予言書『ネオ・ファウスト』

 数々の名作を生み出し、精力的に創作活動を行なっていた手塚治虫。だが、晩年は病に倒れることとなる。

 胃がんに冒されていた手塚は、病院のベッドの上でモルヒネを打ちながら痛みに耐え、震える手で漫画を描き続けた。そして、最後の作品となったのは、世界的名作、ゲーテの『ファウスト』を元に創作した漫画『ネオ・ファウスト』。手塚は死の直前までこの作品を描いていたという。そして、『ネオ・ファウスト』に、ある重大な予言が隠されているという。
 
 『ネオ・ファウスト』の舞台は、1970年代、昭和の学生紛争時代。年老いた大学教授は生命の神秘を解き明かすために、人生のほとんどを研究に捧げていた。しかし、ついに生命の真実にたどり着く事ができなかったことに絶望した彼は、毒薬を飲んで死のうとする。その時、女の悪魔メフィストが現れる。彼女は、「若返らせて再び研究ができるようにしてあげる。その代わり自身が満足を得られた時、その魂をもらう」という条件を教授に提示する。教授はメフィストと魂の契約を結ぶのだった。若返った教授は、富と名声を得て権力の階段を駆け上がっていく……。

『ネオ・ファウスト』は、最後のほうは下書きのままとなり、手塚治虫が亡くなったため未完となってしまった。最後のコマでは、教授に対して「先生の側近に3人のおもしろい者たちをはべらせます」
「誰なんだ」というセリフのみで終わっている。そのため、その3人が誰なのかは不明のままである。

 実は、手塚治虫は『ネオ・ファウスト』のその後の構想を考えていたという。

 作中に登場する学生運動を仕切っていた過激派リーダーの石巻は、死の直前に自身の精子を教授に預けているのである。どうやら、この石巻の精子を使って教授は、クローン人間を作り出すことに成功。教授はバイオテクノロジーを使って新たな人類を創造し創造主になる。……つまり、自身が神になろうという野望を抱くのだった。ただ、石巻の闘争心を持った新たな生命体は破壊行動を起こし、地球を滅亡に追いやるというのだ……。

 これをふまえると、『ネオ・ファウスト』は、未来世界のバイオテクノロジー(生命科学)に対する恐怖がテーマなのであった気がしてならない。

 昨年の2012年、山中伸弥教授がiPS細胞(万能細胞)を発見した功績でノーベル賞を受賞。iPS細胞とは、皮膚などから採取した細胞を初期化することにより、神経や筋肉など身体の様々な部位のありとあ
らゆる臓器を作ることができる万能細胞なのだ。

 iPS細胞を使えば、身体のダメージを受けた部分の細胞を再生させることができることで知られている。ケガや病気の治療に有効なばかりか、自身から取り出した細胞から作られるので拒否反応もない。

 また、さまざまなものに変化できるiPS細胞は、クローン人間を作り出すことだって可能だ。この先、人間は老化したり、病気やケガになったりしてもiPS細胞を使って次々と悪い部分を取り替えられるこ
とができるようになれば、いつまでも若く健康でいられることも可能だろう。

 これからの人間はiPS細胞によってできた人工の臓器を組み込んだサイボークと化すかもしれない。……そうすれば、まるでSFの世界である。

 また、クローン技術ができれば、男女の生殖を伴わなくても人間がいくらでも作り出せる。だが、iPS細胞により不老不死となり永遠の命を得た人類、そして、1人の人間の細胞からクローン人間を生み出せるようになれば、太古より続いていた「男女の営みにより生命が誕生。その生命が成長し、次の世代を生み出し、老いて死ぬ……という命のサイクルは狂うことになるだろう。

 ここで留意したいのが、手塚は『鉄腕アトム』の中でも人間とクローン人間の対立を描いているということだ。

 そう、人類は手塚治虫が危惧していた生命を操るという「神の領域」にまで手を伸ばし始めたのである。手塚治虫は、『ネオ・ファウスト』の最後に人類の未来を希望的に描いていたのか?  絶望的に描いていたのか? 今となっては謎である。
(白神じゅりこ)

※参考図書:『手塚治虫の大予言―「鉄腕アトム」「火の鳥」に隠された21世紀の衝撃』編著・九頭海龍朗+裏日本ロボット文学研究所(平凡社)



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