聖徳太子が残した人類滅亡の予言

 
 聖徳太子は25歳の時、人類の終末とも言える重大な予言を残している。

「私の死後二百年以内に、一人の聖皇がここに都を作る。そこはかつてない壮麗な都になり戦乱を十回浴びても、それを越えて栄え、千年の間都として栄える。しかし一千年の時が満ちれば、黒龍(黒船)が来るため、都は東に移される」

 794年に桓武天皇により定められた「平安京」。約1000年の永きに渡って日本の首都であったが、黒船の来航により明治維新が起こり、首都は東京へ移される。

「それから二百年過ぎた頃、クハンダが来るため、その東の都は親と七人の子供のように分かれるだろう……」

「クハンダ」とは仏教用語で「末世に現れる悪鬼」のことである。真っ黒く汚れた禍々しい存在で、人の肉体も精神も真っ黒に汚してしまう性質を持っている。

「クハンダ」の正体は、隕石の来襲、核攻撃、福島原発から 出てくる放射性物質などいろいろ考えられる。

 しかし今、最も可能性が高いのが、富士噴火でなかろうか? 河口湖の水位低下、箱根山の地震など、富士山周辺では、相次ぐ不気味な前兆現象で騒がれている。

 実際に富士山が噴火すれば、大量の火山灰が東京にも降り注ぐ。火山灰は首都機能を完全に麻痺させるだけでなく、人体に深刻な健康被害をもたらすのである。当然、東京は壊滅するので、首都機能も八箇所に分断されることになる可能性がある。

 聖徳太子には、東京に真っ黒に降り注ぐ「火山灰」(クハンダ)のビジョンが視えていたのだろうか……?

 さらに、我々が救われるヒントは聖徳太子の「十七条の憲法」の第一条に記されている。「和を以て貴しとなす」つまり、「人と争わず仲良くし、調和していくことが最も大事」ということだが、人類は戦争を起こし殺し合い、物欲に走り、次第に心の平安を失っていった……。

 では、聖徳太子が予言した運命の時は、いつなのか? それは、お釈迦様の亡くなった日から数えて二千五百年後。釈迦入滅の日は諸説あるが、欧米の学者の計算によれば、BC483年、484年、487年、500年となっている。一番早い運命の時は2000年であるが、これはもうとっくに過ぎてしまっている。次に来るのは、2013年、2016年、遅くとも2017年には破滅の時がやって来ることとなる……。

 聖徳太子の目には、「日没する日本」の未来のビジョンが視ていたのかもしれない。
(白神じゅりこ)
※参考文献 
『聖徳太子「未来記」の秘予言―1996年世界の大乱 2000年の超変革、2017年日本は (プレイブックス)』(青春出版社)五島勉



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