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そんな顔してもイケメンはイケメン

 フシギパワーでちょい上ライフ! 「ハピズム」をご覧のみなさん、ごきげんよう。前回はAKB48の河西智美さんを取り上げて、「“美人過ぎる托鉢僧”を目指すべき」という捨て鉢な持論を展開させていただいたんだけど、それからすぐに同じAKB48の峯岸みなみさんが剃髪して僧ヘアになられて、なんだか単勝買いした馬券を惜しいところで外した気分よ。「近いけどお前じゃない」って感じ。ただ、こんな当たらずといえども遠からずな結果になるなんて、もしかしてハピズムさんが提唱されている「フシギパワー」なるものが、アタシにも身についてきているのかもしれないわね。嫌だわ……。

 ところで、みなさんは自分の顔はお好き? こう聞かれて「ええ、好きです」なんて言える人は滅多にいないと思うんだけど、アタシは「まぁまぁ」と言えるくらいには気に入ってる。こんなこと書いたら「ナルシシストのキモガマ」って揶揄されそうだけど、そもそもアタシの顔は美容整形を施しているので、顔の造形に関して自己責任を感じていないのよ。だって、この造形は施術した医師によって造られたものだから。自己責任を感じていないぶん、ナルシシズムが生じるだけの自己愛も持てないから、“自分の顔”という額縁に飾られた“他人の作品”を見る感覚で「まぁまぁ」と言えてしまうのよね。

 これと同様のことを作家の中村うさぎ先生も著書の中で綴られていて、アタシもそれを参考にさせていただいた上で整形に踏み切ったから、こうして自分の顔に責任を負わなくなるのは狙い通りだった。ただ、予想だにしていなかった弊害もあって、“整形した顔”は好きになれても、“整形した自分”はいまだに好きになれないのよ。むしろ、整形前のほうが自己肯定できていたかもしれない。なぜかというと、どうやらアタシの根底には「整形で美しくなることはフェアじゃない」という意識があったみたいで、それに無自覚のまま整形しちゃったもんだから、「どうせアタシは“偽装モノ”。お天道様には一生顔向けできない」という後ろめたさを背負い込む羽目になってしまったの。そして、“天然モノ”に対するジェラスは募るばかり……。

 そんなアタシからすると、天然モノの中でもひと際美しくいながら、それを無用化するように俳優から小説家に転身、さらに「処女作を芸名も肩書きも伏せて文学賞に応募したら、なんとビックリ、大賞もらっちゃいました!」なんて茶番に興じた水嶋ヒロ様って、ジェラスを通り越して“カオス”な存在だったのよ。妻・絢香さんとの入籍を強行したことで所属事務所の逆鱗に触れ、俳優活動を続けることが難しくなってしまったのだとしても、何もそんな猿芝居まで打つことないじゃない、って。一貫数千円の握り寿司に相応しい最高級天然マグロが、なぜか安価なマグロや食用油と混ぜられて“偽装ネギトロ”に仕上がってしまった……あの時のアタシの困惑した気持ちを例えるなら、こんな感じね。

 ただ、こうして迂闊な事態を引き起こしてしまうのも、ある意味、天然モノであるが故の宿命なのかもしれないわね。マグロに値打ちをつけるのは人間であるように、人の美醜のレベルも他者の評価によるところが大きい。その中で「美しい」と評される部類の顔がアタシはどうしても欲しくて、大枚はたいて美容整形を施すまでに至ったわけだけど、生まれながらにその顔を持ち合わせている天然モノの方々からすると、他者から「美しい」と評価されることは“予期せずついてきた付加価値”でしかないのかもしれない。だからこそ、自分がこれまでに受けてきた“美の恩恵”に対しても無頓着で、「顔で勝負しなくてもやっていける」と思い上がってしまいやすいんじゃないかしら。

 小学校卒業までスイスのチューリッヒで過ごしたおかげで英語堪能、帰国後は桐蔭学園のサッカー部で活躍して、高校3年生の時には全国高校サッカー選手権に神奈川県代表として出場し、慶応大学進学後にモデルの仕事をきっかけとして芸能界入り……と、まるで絵に描いたようなエリート人生を歩まれてきたヒロ様なら尚更よ。あまりにも恵まれ過ぎていて茶番劇みたいだし、そりゃ「処女作を芸名も肩書きも伏せて文学賞に応募したら~」なんて茶番も通用すると思っちゃうわ。そっちの意味でも“天然”でいらっしゃるんだから。

 小説家デビューの件は、おそらく薄汚い大人の口車にまんまと乗せられてしまったんだろうけど、言い換えれば、それだけ純粋な方なんだよね。そういうところは、過去に当連載でも取り上げた堂本剛様にちょっと似てる気がする。

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水嶋ヒロオフィシャルファンクラブサイト

 ご自身がデザインされたという、ファンクラブ「アオイタマゴ」のエンブレム【編註:青い円(=アオイタマゴ)の中に三角形(=矢印)があしらわれており、さらに「アオイタマゴから出てきたものが10年後もキラキラ輝いているように」という願いの象徴として、円の上には星が描かれている】も、剛様のソロプロジェクト「ENDLICHERI☆ENDLICHERI」のシンボルキャラクター「sankaku」をどことなく彷彿させるし。

 ちなみに“青”という色は、キリスト教の図像学では「純潔」を意味していて、聖母マリアのシンボルカラーでもあるのよ。だから、マリアが自身の受胎を聖霊に告げられる「受胎告知」のシーンを描いた宗教画では、必ずマリアの衣服に青が取り入れられているんだけど、もしかしてあのエンブレムはそれをモチーフにされたのかしら。「アオイタマゴ」ってところもなんだかやけに……。

 いけない、そんなこと考え始めたら、ヒロ様のお顔がだんだんキリストっぽくも見えてきたわ。頭の中が「髪と髭を伸ばして、十字架に磔にされたヒロ様の図」でいっぱいよ! 俳優復帰作となる映画『黒執事』での執事役も楽しみだけど、ヒロ様はやっぱり“黒”より“青”がお似合い。そんなヒロ様に対する敬愛の念を込めて、アタシもしばらくはファッションに青を取り入れてみようかと思う。純潔じゃないけど。どうせ偽装モノだし。

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■アボンヌ安田(あぼんぬ・やすだ)
1984年、神奈川県生まれ。16歳くらいで同性愛に目覚め、21歳くらいからライター業を始め、現在は今後の人生の糧になる“お布施の対象”を探している。「サイゾー」(小社刊)、「週刊女性」(主婦と生活社)などを中心に執筆を行い、「テレビブロス」(東京ニュース通信社)では、コラム「おんなブロ覗き見帖」を隔号で連載中。






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