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聖母マリア、キリスト誕生説はさまざま

――いつの時代も世間をにぎわす“終末思想”。今年は、マヤ文明の暦が2012年12月23日で終わっていることから、「2012年マヤ暦滅亡論」が話題となっています。しかし、「○月○日世界が滅亡する」ということは知っていても、なぜそう言われているのかを知っている人は少ないはず。そんな人のために、世間で話題の“終末思想”を振り返ってみましょう。

<聖母マリアが伝えた人類滅亡 ファティマの予言>

■聖母マリアが降臨!?

 1917年5月31日、ポルトガルの小さな町ファティマで、最初の奇跡が起こりました。聖母マリアと名乗る光り輝く美しい女性が、3人の羊飼いの子どもたち(ルチア、フランシスコ、ヤシンタ)の前に現れたのです。

 彼女は、自分が天国から舞い降りたことと「世界が平和であるように毎日祈りなさい」と言い、毎月13日の同じ時刻、同じ場所に来るように告げました。そして、彼女は今回を含め6回続けて出現することを約束し、消えていきました。

 その後、聖母マリアの出現のうわさが広まり、その奇跡を見ようと見物人がやってきました。最後の6回目に当たる10月13日には、10万人を超える人々がファティマに集まったのでした。しかし、聖母マリアの姿を見ることができたのは羊飼いの子どもたちだけ。多くの人たちは、銀白色に輝くタマゴ型の物体が浮遊するのを見たり、光輝く太陽が現れたりと、不思議な現象を目撃したのです。

■3つの大予言とは?

 羊飼いの子どもたちは、聖母マリアとコンタクトを取り、さまざまなメッセージを受け取りました。そして、3つの大予言を伝えられたのです。

 第1の予言は当時起こっていた第一次世界大戦の終結を告げるもの、第2の予言は第二次世界大戦が勃発し、広島・長崎の原爆投下についてでしたが、いずれも的中。第1の予言、第2の予言は発表されましたが、「第3の予言」の内容については発表されませんでした。なぜなら、聖母マリアが子供たちに、「予言を理解しやすい環境になる1960年を待つように」と告げたからでした。

 その後、聖母マリアとコンタクトを取った3人の子どものうち、ヤシンタとフランシスコは幼くして死に、残ったルチアは修道女となり、「ファティマ第3の予言」を文書化。「1960年以前に開けてはならない」という条件付きで、予言はバチカンに保存されることになったのでした。
 
■公開されない「第3の予言」

 バチカン法王庁が公認する聖母マリア再臨の地の「ファティマの予言」。第1と第2の予言に続き、人々は「第3の予言」の公表を待ちましたが、解禁となる1960年を過ぎても、「第3の予言」の内容は発表されませんでした。その理由は、当時のローマ法王が恐怖のあまり失神するほどの予言内容だったため、と言われています。

 2000年になり、バチカン法王庁はやっと「ファティマ第3の予言」を開示。その内容とは、1981年の教皇ヨハネ・パウロ2世の暗殺未遂事件であったと発表しました。しかし、この内容に納得する者はいませんでした。予言の一部だけしか公表せず、しかも法王の暗殺未遂事件から20年近くも経過して発表されたことなどから、隠ぺいや改ざんが行われたのではないかと、さまざまな憶測が飛びかったのです。



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