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映画『天地明察』オフィシャルサイト

 9月15日に公開された映画『天地明察』。この作品は、江戸時代に星や太陽の観測をし、日本独自の暦を作り上げた、安井算哲の物語です。

 今年は、「金環日食」「金星の太陽面通過」「金星食」など、めずらしい天文現象がたくさん見られ、多くの人たちが日食グラスを買い、この日を待ちました。実は、この映画の山場ともいえるシーンには、あるめずらしい天文現象の1つが再現されているのです。映画を見れば、感激するに違いありません。『天地明察』の魅力を数えあげれば切りがありませんが、以下の3点に焦点を絞って紹介しましょう。

■ポイント1 暦の歴史がわかる

 暦は中国から日本に伝来。天皇が授け、朝廷が管理し、天文、占いを専門とする陰陽寮が司っていました。陰陽師として名高い安倍清明を祖先とする安倍氏が、代々職を受け継いでいったのです。

 算哲のように幕府に命を受けて暦を作成するのは、朝廷に対する挑戦。映画の中でも、算哲と陰陽博士が敵対するシーンが重厚に描かれています。陰陽博士たちは、公家らしい品格をそなえていながらも、心には腹黒さをひめており、不気味な雰囲気を漂わせています。

<江戸時代の暦の変遷>
・宣明暦
 平安時代より江戸時代まで800年以上に渡り使われてきた暦。長い年月を経ていくうちに、天体の運行は変化し、日付にズレが生じてきた。算哲はこの暦に変わる暦を探すことになります。

・授時暦
 元から清の時代まで、中国で使われた暦。算哲が、宣明暦に変わる正しい暦だと主張。しかし、後にこの暦に問題があるとわかり、算哲は愕然とします。その深い苦悩を映画の中で色濃く描かいていますが、尊敬する算術家・関孝和らの励まし、援助者・水戸光圀らの力によって、再び正しい暦を求め立ち上がります。

・大統暦
 朝廷が宣明暦に代わり採用した明の時代の中国の暦。ただ、授時暦とほとんど違いがありません。

・大和暦
 算哲が完成させた、日本人が編纂した初めての暦。映画の中では、朝廷が採用した大統暦とどちらが正しいのかをめぐり、朝廷と算哲が激しいバトルを繰り広げます。

■ポイント2 ハラハラする日食バトル

 邪馬台国の卑弥呼が死んだ日に太陽が欠けながら沈んでいったことから、日食や月食は不吉な光を放つと、古来より人々から思われてきました。映画の中では、江戸城にて将軍の前で囲碁の対局をする儀式が行われていましたが、途中で日食が起こったため、「不吉だから」とこの儀式が中止となる場面が出てきます。

 後の算哲と朝廷の暦バトルは、実はどちらの暦が正確に日食の起こる日を当てるかという勝負。日食は、当時の人々の生活に大きな影響を与えていました。ですから、日食が正しく記されている暦こそが、信頼に値するとされたのです。

■ポイント3 江戸時代の天文観測器具の数々が見られる

 算哲は、たくさんの観測器具を使用しました。それらが、映画の中でリアルに再現されています。舶来物の望遠鏡、地球儀や天球儀。圭表という太陽の南中高度を計る装置。それから、何といっても迫力があるのは、観測所に作られた渾天儀。天体の位置や運行を測る大きなドーム型のこの装置には、圧巻されます。

 また、観測所の天井に描かれた星図も魅力的です。当時中国では星座と地上の国々とを対応させて、星占いが行われていました。算哲はこれを参考にして、中国の星図には記載されていない星座に日本独自の名前を付け、後に『天文分野之図』を発表。映画には、算哲が名付けた星座を星図に書き込んでいくシーンが美しく描かれています。

 算哲が偉業を成し遂げられたのは、妻・えんの力も大きいのです。映画の中で、えんが算哲に「ある愛情あふれる言葉」を伝えます。その言葉が支えとなり、算哲は朝廷との命がけのバトルにも挑むことができたのです。さて、えんは算哲にどんな言葉を言ったのでしょうか? 想像してみてください。

 星のロマンと愛のロマンあふれる『天地明察』。スケール溢れる天体の描写は、ぜひ映画館で見ていただきたいものです。
(紅たき)



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