passhon.jpg
『パッション』(東宝)

 欧米の人々は、宗教をとても大切にしている。そのため、エンターテインメントで宗教をテーマにすることは、非常に慎重を期すものだと言われている。

 宗教には手を出さないのが一番だという意見も多い中、あえて宗教のタブーな部分を題材にした映画作りに挑む製作者たちもいる。内容的にプロダクションの理解を得られず映画化されなかったり、映画化されても激しいバッシングを受けるケースがほとんどであるにも関わらず、である。監督やプロデューサーたちにとって、宗教をテーマにした映画を作ることは最大の挑戦であり、夢なのかもしれない。

 今回は、そんな宗教をテーマにした映画の中から、特に世間を騒がせた「宗教的に物議をかもした映画」をご紹介しよう。

■『マグダレンの祈り』(2002)
 イギリスで制作された『マグダレンの祈り』は、1996年までアイルランドに実在した、マグダレン修道院に収容された女性たちの実話をもとに作られている。この修道院には、婚外交渉した者など、カトリックの戒律に道徳的に反した女性たちが収容されていたのだが、ここでは宗教という名のもと、神父や修道女たちが日常的に虐待を行っていた。映画ではその様子が細かく描かれている。

 物語の舞台である修道院は、刑務所以上に自由のない厳格極まりない世界であり、「修道院=悪」だという誤解を与えるという声が上がった。「罪を浄化する」こと、「罪に対する罰を受ける」ことは大切なことなのに、作品ではその点が大きくゆがめられているという声も少なくなかった。また、権力を振りかざしまくる修道女や性的虐待をする神父らが描かれている点について、「イメージを悪くする」「誤解を与える」という声も上がった。一方で、修道院にはレイプされた者など、自分に非がないにも関わらず押しこめられた女性も少なくなかったため、こういう事実を伝えるべく、映画化したのはよいことだという声も上がった。

 さまざまな物議をかもした『マグダレンの祈り』だが、ヴェネチア国際映画祭グランプやトロント国際映画祭批評家賞を受賞するなど、各国の業界からは高く評価されている。

■『ローズマリーの赤ちゃん』(1968)
 ホラー映画には、宗教をベースとしたものが多く制作されている。そのほとんどが、キリスト教徒にとって、この上なく恐ろしい存在である“悪魔”が登場するものだ。なかでも『ローズマリーの赤ちゃん』は、あまりにも内容がグロ過ぎると激しい物議をかもした。

 映画の舞台は60年代後半のニューヨーク。マンハッタンの古いアパートに引っ越してきた2人の若夫婦は、アパートに悪いうわさがあるのも気にせず、ラブラブな日々を送っていた。アパートの隣人や住民たちの中にはお節介な者や変わり者も多かったが、得に気にかけることはなかった。しかし、彼らは魔族であり、若夫婦の夫は豊かな生活を得るため彼らに魂を売り、悪魔に乗りうつられた状態で妻と性行為をする。妻は悪魔の子を宿し、身体を蝕まれ、瀕死の状態で出産。「死産だった」と告げられた妻は、赤ん坊が魔族の手により育てられていること、赤ん坊が恐ろしい悪魔の子だと知り、絶望のどん底に突き落とされる。

 瞳孔のない、世にも恐ろしい形相の悪魔の赤ん坊の姿に、キリスト教徒の多いアメリカは大きな衝撃を受けたと伝えられている。「神が、悪魔の子を宿らせるようなことを見過ごされることなのあるのか」という点、「お腹を痛めて産んだ赤ん坊が、たとえ悪魔の子であっても、殺すか、生かすかという選択を人間がしてもよいのか」という点、そして、「運命を受け入れ、悪魔の子どもを愛し、育てるというのは、正しい選択なのか」という点が大きな論議を起こし、問題となった。

 とはいえ、妻役を演じたミア・ファローの迫真迫る演技は絶賛され、監督のロマン・ポランスキーの腕も一流だったと高く評価されている。なお、監督がこの時結婚していた妻シャロン・テートは、映画公開の翌年、チャールス・マンソン率いるカルト教団により殺害。お腹の子どもも殺されており、影で「悪魔の赤ん坊がテーマの映画なんて作った呪いだ」と言われた。

■『司祭』(1994)
 ローマ・カトリック教会において、「同性愛行為」とは、子孫を残すことが目的ではない、自然法に反するとても罪深い行為だとされている。11月に大統領選挙を控えたアメリカでは、今この同性愛たちの結婚について、賛成か反対かが激しく論議されているが、それは、保守的なキリスト教右派が多い共和党とリベラルな民主党との戦いだからなのだ。

 宗教で禁じられているとはいえ、生まれ持った性を変えられることは、たやすいことではない。敬虔なクリスチャンの同性愛者もいる。タブーではあるが、神父や司祭の中にも同性愛者は存在する。幼気な少年たちに性虐待をして逮捕される極端なケースもあるくらいなのだ。

 94年、カトリックの司祭という立場でありながら同性愛者であることを変えられず、苦しむ姿を赤裸々に描いた映画が公開された。主人公の司祭は、ゲイバーで知り合った青年と同性愛行為をし、恋に堕ちる。最後には青年とカーセックスをしているところがバレ、教会を左遷させられるのだが、その際、自殺未遂をしている。
 また、父親に性的虐待を受けている少女が懺悔にくるのだが、秘密を守られねばならぬため、父親に犯され悩む少女を地獄から救ってやることができない。カトリックにとってタブーである同性愛行為、自殺未遂だけでなく、「懺悔の内容が犯罪行為に関するものであっても、司祭は秘密にしなければならない」という点を罪深いものとして描いたため、保守的なキリスト教徒から激しい非難を受けた。

 映画は公開された国々で論争を巻き起こし、抗議運動まで起こった。タブーが満載の内容だけに、ローマ法王庁から抗議声明まで発表されたほどだった。



【検索ワード】  ・  ・  ・  ・ 



オフィシャルアカウント&モバイル
  • twitter
  • facebook
  • RSS
  • モバイル用
  

ハピズムをBookmarkする