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■今回のオカルト事件簿
アドルフォ・コンスタンツォ

 1989年4月12日、メキシコとアメリカの国境の町であるマタモロスの広大な牧場で、15体のバラバラ死体が発見された。牧場敷地内には怪しげな小屋があり、近づくと激しい異臭を放っていた。警察が小屋の扉を開けると、中は黒魔術のようなデコレーションが施されており、いくつかの大がまが煮られていた。悪臭は、その大がまから漂っていたのだ。

 大がまをのぞき込んだ警察官は驚愕した。大がまには、ニワトリやヤギの頭や脚などと共に、人間の脳や身体の一部が浮かんでいたのである。小屋の中の祭壇は血まみれになっており、まるで地獄のようだったと伝えられている。

 この小屋の持ち主は、メキシコの麻薬密輸関係者たちから神と崇められ、自身も麻薬密輸犯罪に手を染めていた、アドルフォ・コンスタンツォという若き男だった。アドルフォは、悪魔に人間を生贄として捧げることによって、すべてがうまくいくと信者たちに言い、生贄ハンティングをさせていたのである。

 世にも恐ろしいカルト殺人を行ったアドルフォは、なぜ神と呼ばれるようになったのか。また、一体どんな人物だったのだろうか。

 アドルフォ・コンスタンツォは、1962年11月1日にフロリダ州マイアミに誕生した。出産時まだ15歳だった母親はキューバ系移民であり、「パロ・マヨンベ」というアフリカの邪悪な宗教を崇拝していた。この宗教は、ブードゥー教と黒魔術、交霊術、魔女崇拝が交じり合ったもので、アドルフォは生後6カ月目に同宗教のハイチ人司祭から洗礼を受けている。

 母親と父親はアドルフォを「選ばれし者」だと確信し、パロ・マヨンベの頂点に立つリーダーとして育てた。特に熱心だった母親は、彼がまだ幼い頃から動物を拷問し殺害する手ほどきをし、「良心の呵責など持つんじゃない」と叩きこんだ。1番目と2番目の父親が死んだ後、母親が結婚した相手は、地元の麻薬売人でありオカルト信仰者だったため、アドルフォはのびのびと黒魔術を実践するようになった。そしてアドルフォは、ゲイバーを渡り歩き、軽犯罪を犯し、儀式のためにハイチ人司祭が必要とする人体をゲットするため、墓場荒らしを行う青年へと成長した。

 1981年に起こったレーガン元大統領の暗殺未遂事件を予言したことで超能力がついたと確信したアドルフォは、1983年に悪魔と誓約を交わし、一人前のパロ・マヨンベの司祭となった。その翌年、彼はメキシコへ移り住み、パロ・マヨンベ専門店をオープンした。儀式に使うグッズを販売するだけでなく、浄化儀式や占いを行うようになり、悪魔に守ってもらいたいという麻薬売人たちに頼られるようになった。彼は、自分がパロ・マヨンベの黒魔術を行いさえすれば、麻薬を密輸しても捕まらないと説いた。実際に彼の占いは当たり、麻薬売人たちから守り神として丁重に扱われるようになった。富と権力を手に入れたアドルフォは、1986年には高級車とメキシコの高級コンドミニアムを購入。彼の力に魅了された信者も増え、この頃から彼はカルト・リーダーとして振る舞うようになったと見られている。

 同年、アドルフォはカルトの拠点を、アメリカ・テキサスとの境にあるメキシコ・マタモロスの牧場へと移動。生贄を大がまでゆっくりと煮込む黒魔術を行う儀式小屋を作り、人間を生贄にすれば、悪魔が奇跡を起こし、望みは何でもかなうと唱えた。信者の大半は裕福な家庭に育ち、大卒者も多かったが、カリスマ的な魅力あふれる指導者アドルフォを盲目的に信じこんだ。アドルフォには実績があり、大物麻薬売人たちからも崇められている。そんなリーダーの下で非現実的な儀式に参加できること、悪魔に魂を売るという秘密めいた行為、そして何よりも、生贄さえ捧げれば、悪魔が守ってくれ、麻薬密輸がたやすく行え、大金を稼ぐことができるという点が、彼らを強く惹きつけたのだ。アドルフォはそんな彼らを手下として使い、麻薬密輸も手広く行うようになっていった。

 そして、大きな麻薬密輸を行う際には、必ず生贄を捧げる、そんなパターンができ上がり、信者たちはマタモロスで2年もの間、13人を拉致・殺害し、生贄に捧げた。一説によると、メキシコ・シティでも23人を殺害したとも伝えられている。

 警察はもちろんのこと、誰にも気づかれず黒魔術を行ってきたアドルフォ率いるカルト集団だったが、1989年3月13日、アドルフォが「次の生贄はアメリカ人学生だ」と指示。信者たちは、春休みを利用して友人たちとマタモロスに遊びに来ていた、21歳の大学生マーク・キルロイを生贄のターゲットにした。しかし、マークを選んだことは、彼らにとって破滅への第一歩となってしまったのだ。ブロンドヘアーのごくごく普通の平凡な大学生に見えるマークの両親は、政界に強いコネを持つ有力者だったのである。

 アメリカから強い圧力を受けたメキシコ警察は、必死になってマークの行方を追った。そんな中、警察は麻薬売人のセラフィン・エルナンデス・ガルシアに目をつけ、後をつけたところ、アドルフォが儀式を行っていたカルト牧場にたどり着いた。牧場からは麻薬が発見され、セラフィンはお縄に。この時、バラバラにされた15体の遺体が発見されたのである。警察は儀式小屋の大がまで煮込まれた脳も発見し、検死の結果、死体の1つがマークであることを確定した。セラフィンは警察の調べに対し、得意げに「この9カ月の間に14人を殺害した」と語り、偉大なカルト・リーダー、アドルフォの存在を誇らしげに明かした。

 そのアドルフォは、警察が踏み込む前にいち早く逃亡。信者たちの家を渡り歩き、メキシコを抜け出そうと計画を立てていた。しかし、同年5月6日、男女の愛人2人を含む4人で潜伏していたアパートを警察に突き止められてしまった。パニックに陥ったアドルフォは警察に向かって銃をぶっ放し、アパートはたちまち180人の警察官に包囲されてしまう。そして、45分間にわたる銃撃戦の結果、逃げられないと悟ったアドルフォは、信者に命じて自分を銃殺させたのだった。

 残された12人の信者たちは、連続殺人罪、武器の不法所持罪、麻薬犯罪、司法妨害・陰謀罪など、複数の罪で起訴され、それぞれ有罪判決を受けた。アドルフォの片腕で儀式において魔女的な役割を果たしていたサラ・マリア・アルドレーテは、禁錮30年の判決を受け、現在メキシコにて服役中。もし生きて出所した場合、アメリカ当局はマーク殺害事件で起訴すると表明しており、もう二度と普通の生活は送れないだろうとみられている。






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