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男遍歴もヒンドゥー教のおかげでぱったり

 ジョージア州アトランタ出身のジュリアは、演劇学校の教師の父と不動産仲介業者だった母の第三子として1967年10月28日に誕生した。4歳の時に両親が離婚、9歳の時に父をガンで亡くすという辛い経験をしたものの、母の大きな愛に包まれジュリアは健やかに成長。動物が大好きだった彼女の夢は獣医になることで、ベジタリアンになると宣言するなど、幼い頃から強い意志の持ち主だったと伝えられている。

 高校卒業後、獣医ではなくジャーナリストになりたいと思うようになったジュリアは、大学でジャーナリズムを専攻したものの、役者になった兄エリック・ロバーツの影響で女優を目指すように。大学を中退し、ニューヨークに移り住み演劇を学びながらオーディションを受ける生活を始めた。ロックミュージカル映画『Satisfaction』(88年)で正式に映画デビューした彼女は、『ミスティック・ピザ』(88)での演技が高く評価され、『マグノリアの花たち』(89年)ではゴールデン・グローブを獲得。その翌年公開された『プリティ・ウーマン』でも同賞を獲得し、ハリウッドのA級スターにのし上がった。

 その後も、数々のヒット作に出演したジュリアは、『ノッテングヒルの恋人』(99年)でロマンス・コメディの女王と呼ばれるようになり、2000年に出演した『エリン・ブロコビッチ』でハリウッド女優最高額である2,000万ドルのギャラをゲット。雑誌の「美しい人」特集の常連であり、世界中で多くの人たちに愛される女優としての地位を確立したのだった。

 女優としてのキャリアはこの上なく順調なジュリアだが、男がらみではトラブルが多く、キーファー・サザーランドとの結婚3日前にドタキャンした挙句、彼の友人と旅行に出かけバッシングを受けた。その後、カントリー歌手のライル・ラヴェットと電撃婚したものの21カ月で離婚。ベンジャミン・ブラットと交際を始めたときは、やっと落ち着いたかとみられたものの、映画『ザ・メキシカン』(01年)の撮影で出会った映画カメラマン、ダニエル・モダーと恋におち、ベンジャミンをあっさりと捨ててしまった。

 ダニエルは既婚者であったことから、略奪だと激しいバッシングを受けたものの、2人は02年に結婚。長続きしないだろうという予想に反し、3人の子どもに恵まれ、あたかい家庭を築き上げている。ジュリアの精神が安定した大きな理由。それはヒンドゥー教のおかげだと言えるだろう。

 ジュリアは09年に、『食べて、祈って、恋をして』(10年)のロケでインドに滞在。この映画は、離婚・失恋した主人公がイタリアでグルメを追求し、インドで瞑想をし、インドネシアのバリ島で恋に落ちるという物語で、インドではヒンドゥー教を通してスピリチュアルに磨きをかけるという展開になっていた。ジュリアは、バプテスト教会信者の両親を持ち、カトリック教徒として育てられたが、この撮影で、ヒンドゥー教に心酔。ヒンドゥ教ーに改宗したと報じられた。

 世界の大スター、ジュリア・ロバーツがヒンドゥー教徒になったというニュースは世界中を駆け巡った。映画のプロモーションで訪れる先々で、このことを質問されたジュリアは、「今回、映画の撮影を通してヒンドゥー教に出会ったわけではない。もう、ずっと前からヒンドゥー教のことを学んでおり、瞬間的に改宗する! とか決めたわけではない」と不快感を露にしたものの、「えぇ。私はヒンドゥー教を信仰しています」と断言した。

 日本で行われた映画のプロモーションでは、「22年前に母親から教えられた、"あなたは役者だから演技についてだけ語りなさい。宗教については語らないことよ"という教えを守る」と言い、もうこれ以上聞かないで欲しいという空気を流したものの、アメリカのTVインタビューでは、「ヒンドゥー教に最初に興味を抱いたのは、ニーム・カロリ・ババの写真を見たとき。彼が誰なのかも知らず、写真を見ただけなんだけど、グイグイ引き込まれてしまったの」と告白。

 数多くの奇跡を起こした聖人ニーム・カロリ・ババは、スティーブ・ジョブズも会いたいと切望したグル(導師)。ジュリアが初めて彼の写真を見たとき、すでに死後数年が経っていたため実際に会うことは叶わなかったが、このニーム・カロリ・ババが彼女のスピリチュアル観を大きく変えたのだった。

 そんなジュリアが、実際にヒンドゥー教を信仰するようになったきっかけ。それは、どうやら出産・育児だったようだ。ジュリアは、10年にファッション誌「Elle」9月号の特集インタビューで、「子どもをこの世に誕生させ、愛し、何千年も一緒にいたいと思うようになる」「そして、子どもたちのために、何千年もそこにいたいと思うようになる」とコメント。子どもたちの存在により、ヒンドゥー教に深く心を寄せるようになったということを示唆する発言をしている。

 このインタビューでは、家族全員でお寺に行くことも告白。「(念仏を)唱えたり、祈ったり、祝ったりするの。えぇ、私はヒンドゥー教の信者よ」と幸せそうに語ったそうだ。

 ジュリアは04年11月に男女の双子を、07年6月に次男を出産しているが、この子ともたちもヒンドゥー教徒の名前を持っている。印紙「The Times of India」によると、名づけ親はヒンドゥー教僧院ハリ・マンディール・サンスクリット・マハビダラヤの聖人スワーミー・ダラーム・デーヴ。長男フェニアスはガネーシャ、長女ヘイゼルはラクシュミ、次男ヘンリーはクリシュナ・バララムという名が与えられたとのこと。インドに滞在する間だけ使うようにと与えられたそうだが、ジュリアはこの名を大変気に入った。

 まだ幼い子どもたちにヒンドゥー教の名を与えたということに、多くのアメリカ人が驚きを感じたそうだが、ヒンドゥー教に入信するのには堅苦しい洗礼などは必要なく、ジュリアもその点を魅力に感じたようだ。

 ジュリアは、09年に制作会社を立ち上げているが、このプロダクションもヒンドゥー教を意識した社名になっている。ヒンドゥー教において神聖なる宇宙そのものの音だと伝えられている、オーム(聖なる響き)を取り入れ、「レッド・オーム・フィルムズ」と命名した。ジュリアは、何としても「オーム」という言葉を社名に使いたいと強く希望したそうだ。

 ヒンドゥー教に改宗したことにより、輪廻思想を信じるようになったジュリア。「あぁ。現世で、私は友達や家族から本当に甘やかされていると感じるわ」「来世では、支える側にまわり、静かに暮らしたいわ」と語っており、来世観を含むヒンドゥーの生命観に深い想いを寄せながら、日々、豊かな人生を送っているのです。



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