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『カルト教団 太陽寺院事件』(みずす書房)

 アメリカのようなカルト集団自殺など起こらないといわれていたヨーロッパで、薔薇十字、テンプル騎士団という神秘主義の典型的シンボルで信者を取り込み、のちに集団自殺という形で多くの信者を大量死させたカルト集団「太陽寺院」。多くのインテリ信者を集め、骨の髄まで洗脳した教祖、ジョゼフ・ディ・マンブロとは一体、どんな人だったのか。教団の中心的存在だったリュック・ジュレはどのように信者をとりこにしていったのだろうか。

■集団自殺にみせかけた大量殺人事件

 1994年10月5日、スイス西部のフリブール州にあるシェリーという田舎町で、真夜中に火事が発生した。火災が起こった建物の中からは、ジュネーヴの大富豪アルベール・ジアコビノが頭からポリ袋をかぶった姿で亡くなっているのを発見。そして、地下にある祭壇や薔薇十字の秘書や剣などが置かれた秘密の部屋からは、円を描くように横たわる18人の男女の遺体、その隣の部屋にも3人の遺体が、もう一つの部屋からは死後数日たった女性の遺体が発見された。

 その数時間後、ヴァレ州サルヴァンという小さな村でも3つの建物から火の手が上がり、建物からは合計して25体の遺体を発見。同日、スイスから遠く離れたカナダ・ケベック州のリゾート地でも高級住宅から火災が起こり、中から赤ん坊を含む5人の遺体が見つかった。

 警察は当初、太陽寺院の教祖らも亡くなったことから、この事件を、カルト集団太陽寺院信者らによる集団自殺の可能性が高いと発表しものの、その後警察は、集団自殺者だけでなく、無理やり道連れにされた信者もいたとし、また、アルベールのように裏切った信者を殺した殺人事件でもあると発表した。教祖を失いこれで太陽寺院は消滅したと見られたが、この事件の1年後に再び16人の信者たちが円を描くように横たわり集団自殺を図っている。教祖ジョゼフ・ディ・マンブロと教団の顔だった男リュック・ジュレの影響は、想像以上に絶対的なものだったようだ。

■スイス人、フランス人、カナダ人と信者の国籍はさまざま

 ジョゼフ・ディ・マンブロは、24年8月19日に南フランスの田舎町に生まれた。貧しい家庭に育った彼は、早くから社会に出、時計職人・宝石職人になる修行を積んだ。その頃から、17~18世紀にヨーロッパで活動した魔術秘密結社、薔薇十字会員の教義を学ぶようになり、13年に渡り古代神秘薔薇十字団の信者となった。そして、小遣い稼ぎとして、時計や宝石を買いに来る客に対してうさんくさい占いをするようになった。

 占いをしたことにより、裕福なマダムたちから信頼を得るようになったジョゼフは、73年、フランスとスイスの国境があるアンヌマスという街でニューエイジ準備センターを設立。瞑想セミナーを行うとともに、集まった人たちに、「私はさまざまな宗教・政治リーダー、オシリス(古代エジプト・冥府の神)、モーセ(イスラエル民族指導者)の生まれ変わりだ」と伝えた。金銭に余裕があり、なおかつ神秘的なことに興味を持つ人たちは、たちまちジョゼフのとりこになり、彼をリーダーとして崇めるようになった。その中にはカウンセラーを職とする者もおり、自分の患者をジョゼフに紹介し、信者数をぐんぐん伸ばしていった。

 ジョゼフは、彼を崇めるものたちに対して、「信者のコミュニティーを作る、そのためにすべての財産を自分に預けるように」と指示。指示内容はどんどんエスカレートし、ジョゼフが決めたコスミック(宇宙)結婚でしか夫婦になれないと言い出すようになり、セックスするときは、月や太陽の位置から計算した角度で射精するように、とまで指導するようになった。また、利用できる信者は「お前は有名人の生まれ変わりだ」と言い、お気に入りの側近にした。若い年下の妻をめとったジョゼフは、彼女に産ませた娘エマニュエルを「宇宙の子」だとし、ニューエイジにおける9人の先導者のうちの一人だと言い、エマニュエルはピュアな状態を保つために、ヘルメットをかぶらされ、手袋をさせられたと伝えられている。

 また、ジョゼフは信者たちの団結力と同一性を高めるため儀式的なものを作っていった。祈りを捧げる時にはマントを着るように指導し、十字、剣なども用いるようになった。スイスのジュネーヴに購入したマンションで、信者は団結を高め、78年、ジョゼフはゴールデン・ウェイ(黄金の道)という新興宗教を設立。このゴールデン・ウェイは84年に太陽寺院と改名。さらに、テンプル騎士団の継承者を自称するようになり、飛躍的に信者数を伸ばしていった。80年代後半には信者数は422人にまで増えた(600人という説もあり)。信者は、スイス人、フランス人、フランス語を話すカナダ人などが多く、アメリカやスペインにもいたと伝えられている。

 太陽寺院の顔でありスポークスマンと呼ばれたリュック・ジュレは、ゴールデン・ウェイ時代に入信した信者である。47年にベルギー領であったコンゴに生まれたリュックは、カリスマ的な医師であった。うさんくさいとされるホメオパシー療法を行う風変わりな医師だったが、チャーミングで雄弁、説得力があったため、多くの人が彼の言うことを信じた。ジョゼフはリュックの才能に目をつけ、教団のスポークスマンの役目を与えた。医者であるリュックの存在は信者たちに安心感を与えるようになり、さらに新たな信者を増やしていったのだった。

 ジョゼフとリュック、そして32人の教団トップたちは信者たちから集めた930万ドルにも上る金で、世界中の不動産を売買し資産を増やした。これらの莫大な資産は、恐らくマネーロンダリングしていたと見られている。

■己の権力を示すため"死"すらも演出

 80年代半ばを過ぎると、ジョゼフは「世界が破滅する日が迫っている」と唱えるようになり、信者たちに準備をするようにと伝えた。なぜ、こんなことを言い出したのか、はっきりとは分かっていないが、この頃から信者たちの間でジョゼフの終末思想に疑問を抱く者が出るようになり、彼の影響力は時代に衰え始めていった。

 93年に、拠点を移し勢いを延ばしていたカナダで不法銃器を所持していたことで強制捜査を受け裁判にかけられてからは、信者離れに拍車がかかり、教団トップ内でもいざこざが起きるように。金づるだった大富豪、アルベール・ジアコビノも教団を離れようとし、ジョゼフはピンチに陥ってしまう。

 追い詰められたジョゼフとリュックは、メンツのためなのか、プライドを保つためなのか、彼らの終末思想がどれほど正しいのかを証明するために、教団の建物に爆破装置をしかけ、儀式にのっとり、集団自殺と大量殺人を行った。この様子はビデオテープに収められており、2人は自分たちの死を最大限演出し、遺された者たちへ笑顔で語りかけ、世間に向けて強いメッセージを送った。

 実は、この事件は未解決だという説がある。マネーロンダリングをしていたとされる資金がどこへ消えたのかが判明していないことから、事件に関わった教団幹部の誰かが今なお生き延びているのではないかというのだ。また、ジョゼフは大病をしており、そのため信者を道連れにこの世を去ったという説もあり、資金は誰かの手に渡ったに違いない、影のナンバーワンはまだ生きているのではないかともささやかれている。

 薔薇十字、テンプル騎士団の名を使い、ヨーロッパを震え上がらせた集団殺人・自殺事件を起こしたカルト集団太陽寺院。水面下では今も活動を続けている説もあり、今なお恐れられている。



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