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『スティーブ・ジョブズ II』/講談社

 5日、アップル社の創業者スティーブ・ジョブズが死去したと報じられた。どこで、何時に亡くなったのか、何が死因なのかなどは明かされなかったため、"ミステリアスな死"とゴシップする人もいるが、最期くらい静かに見送って欲しいということなのだろう。

 ここ30年の間、世界で最もパワフルでカリスマ的なCEOだった、といわれるスティーブ。そんな彼の成功を支えたのは、「仏教」、そして「禅の教え」だと伝えられている。

 激動の60年代に多感な思春期を過ごしたスティーブは、ビートルズとボブ・ディランをこよなく愛し、彼らの人生観にも強い影響を受けたそう。LSDなどサイケデリック・ドラッグもやったことがあると告白しているくらいなので、ヒッピーたちのバイブルといわれたスピリチュアル・ガイダンス本『ビー・ヒア・ナウ』もおそらく読んだことだろう。この本を執筆したのは、ヒンドゥー教の聖人ニーム・カロリ・ババの弟子である、アメリカ人のラム・ダス。当時、この本を読み、ババに会いにインドを訪れたアメリカ人はとても多くいた。

 スティーブもその1人だ。大学を中退してしばらくたった1974年、アタリに入社しているが、その理由は「ババに会いにインドへ行く資金を稼ぎたかった」から。まとまった金を手に入れたスティーブは、後にアップル社員第一号になる大学時代の友人ダニエル・コッケと共にインドへ行った。

 インドに到着した彼は、まず貧困のひどさに大きな衝撃を受け、すぐさま、生きるために必要ないものを捨て、剃髪し、身軽になり、ババの教えをもらうために寺へと急いだとのこと。残念ながらババは彼らが到着する1カ月前に他界しており、念願は叶わなかったが、スティーブは、このとき仏教徒に改宗。アメリカに帰り、その後、大成功を収め億万長者になってからも、極力贅沢品は持たない質素な生活を続けた。近所でも、会社でも、裸足でウロウロ歩くことが多かったそうだが、インドでの経験がそうさせていたのだろう。

 また、スティーブはインドで、ババの名声で人を集めようとする人たちを目の当たりにする、というあまりよくない経験もした。その時、「素晴らしいアイデアがあっても、行動を起こさなければ、何もないに等しい」「カール・マルクスとニーム・カロリ・ババ、2人合わせたよりも、トーマス・エジソンの方が世の中にとって大切なことをしたのではないか」と思ったとのこと。夢を、アイデアを、実現するために全身全霊でプロデュースする。夢を形にして、世界を人々の生活をよりよくする。アップルを成功へと導いた強いモチベーションは、この時、生まれたともいわれている。

 ユマ・サーマンの父親で、ダライ・ラマの下で修行をし、欧米人初の得度を受けたコロンビア大学チベット仏教学教授ロバート・サーマンは、「スティーブ・ジョブズを仏教徒だとはいえない」「しかし、彼は、東洋の精神鍛練と禅ビジョンを仰ぎ望む人間と同じくらい、独創的な人間である」と分析している。また、仏教のエキスパートであるロバートは、スティーブを仏教徒のように「フォーカスでシンプル」な男だともいっているが、この2つは、まさしくアップルの倫理。スティーブは敬虔な信者でないにせよ、仏教の教えを忠実に取り入れていたのだ。

 スティーブは少々強引で口も悪く、かなり短気だった。そのため、人間関係におけるトラブルは少なくなかったと伝えられている。85年、自分が立ち上げたアップル社から事実上追放されるという苦い経験もしている。しかし、彼はめげることなく、高等教育用のコンピュータを作ろうと新しい会社NeXTを作った。

 新会社を作るもなかなか思うようにいかず、スティーブは苦悩するように。この時、彼を精神的に救ったのが、曹洞宗の僧侶、乙川弘文だった。乙川氏は、先生、老師(中国語で先生)と呼ばれるのを嫌い、弟子たちに名前の「KOBUN」と呼んで欲しい、「師匠ではなく、友人だと思ってください」というような、堅苦しくない人物。弟子に結婚を勧め、自身は離婚を経験するなど、型にはまらぬ僧侶だったと伝えられている。短気で口の悪いスティーブを禅の世界に導くことができたのは、乙川氏をおいてほかにはいなかったのかもしれない。

 スティーブと乙川氏は、2人共イノベーターであり、アートとデザインに情熱を持つなど、多くの共通点を持っていた。スティーブは彼から、禅だけでなくデザインのコンセプトが何かということも学んだ。ローレン・パウエルと結婚した時に、式を執り行ったのも乙川氏で、2人は深いスピリチュアルな部分で結ばれていたそう。

 80年代半ば、スティーブが乙川師から学んだことは何か、アップルにどのような影響を与えたか、そのことは、近日発売されるコミック本『The Zen of Steve Jobs』にまとめられている。米フォーブス誌でプレビューを読むことができるので、少しご紹介しよう。

 スティーブは乙川氏から、心身を整えるため一定の場所をゆっくり歩く、「経行(きんひん)」の手ほどきを受けている。仕事のことが頭から離れずイライラするスティーブに、氏は「正しく瞑想するには、全ての思考を取り去ることが必要。その思考がよいものであれ、悪いものであれ、捨てることです」と伝えたそうだ。

 氏に導かれるまま、「呼吸をしてから、一歩進む」を繰り返すスティーブ。氏が座禅を組む岩を中心に、円を描く様に歩むスティーブに、「かどを回ることは必要不可欠なことなのですよ」と、氏は教える。

 次に、今年7月にクパチーノ市役所で新しいアップルの社屋を作りたいと、スティーブがプレゼンするシーンへと飛ぶ。スティーブが描く夢の新社屋は大きな円状の建物。完成図を見せながら、「UFOが着陸したみたいだろう?」とジョークを飛ばし、「円なんだ。まっすぐなものは何もない。円なんだよ」と誇らしげにいう。と、ここで、乙川氏から禅を指導してもらっているシーンへとフラッシュバックする。

 このクパチーノ市役所でのプレゼンの様子は、YouTubeで見ることができる(動画はこちら)。痛々しいほど痩せてしまったスティーブは最初、息苦しそうにしているが、次第に新社屋に込めた熱い思いを語りだす。「駐車場は地下に作る。なので、地上の緑が増える。木もたくさん植える」「ビルは禁煙にする。私は育ての親を肺ガンで亡くしているので、この点は譲れない」などなど。最後の方で、「この新社屋は、世界一のオフィスと呼ばれるようになる。絶対にね。世界中から建築を学ぶ若者が、この新社屋を一目見に集まってくるだろう」と発言した時は、気のせいか、少し涙ぐんでいるようにも見えた。

 スティーブは禅における「簡素」の教え、「余白の美」にも大きな影響を受けたとのこと。何が必要なのか見極め、いらない部分は思い切って削る。これはアップル社での商品作りに大いに役立ったといわれている。

 また、スティーブの有名なスピーチは、その多くが、「道元」など、禅僧の言葉とよく似ているといわれている。禅僧の本を読みスピーチに取り入れたのか、自分で同じような悟りを開いたのか、どちらなのかは定かではない。しかしながら、多くの人の心に響き、強く影響を与えた彼の言葉は、禅を深く学び理解したからこそ。スティーブは、彼のスピーチを聞く多くの人にとって、禅の師匠でもあったのだ。

 思い入れのあるクパチーノの地に、禅の教えを反映した彼の理想とするアップルの新社屋が完成するのは2015年。新社屋を見届けられなかったことは、心残りだっただろうか? まだまだ、新しい製品を世に送り出したかっただろうか?

 いや、スティーブは、きっと禅における死の悟りを開き、この世に執着を残すことなく逝った。そう思わずにはいられない。



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